【WOOD JOB!×KINO 第二弾】矢口史靖監督×林業従事者 特別試写会レポート

WOODJOB×KINO タイアップキャンペーン

矢口史靖監督×林業従事者 特別試写会レポート

映画「WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~」の試写イベントでは、公開に先駆けた映画鑑賞に合わせて「働くことは生きること」をテーマに、豪華ゲストと共にこれからの働き方、生き方について考えました。

  • 矢口史靖
    矢口史靖…1967年生まれ。『裸足のピクニック』(1993)で劇場監督デビュー。代表作は『ウォーターボーイズ』、『スウィングガールズ』など。
  • 深津智男
    深津智男…『WOOD JOB!(ウッジョブ)』プロデューサー。
  • 三浦妃己郎
    三浦妃己郎…三重県津市美杉町の林業家。今回、映画製作に対して現地の林業家として協力。

矢口監督と山の思い出

—–本日、集まっていただいた3人のうち、矢口史靖監督と深津智男プロデューサーは『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』の映画を製作する側であり、撮影のために山に入ることになった側ですね。それに対して、三浦妃己郎さんは、三重県津市の美杉町で林業を営んでいらっしゃるなかで、撮影を受け入れる側として携わられました。
この映画の撮影にあたって、まず三浦さんが映画の撮影を受け入れることになった背景をお聞かせいただいてよろしいでしょうか。

三浦:背景…と言うかですね。美杉町に「なかや」さんっていう農家民宿があるんですけど、そこから、唐突に「呑みに来い」と言われたのが最初ですね。で、そこに行ってみますと、映画の製作の方が来られてまして。
「泊まるところを世話していただけないでしょうか」と相談を請けました。それから、腐れ縁のようなかたちでずっとお付き合いが始まったわけです。

—–美杉町は、まさに映画の世界で描かれているような山の世界で、そのぶん人間関係も密接に関わってくるところですね。つづいて、矢口監督から、今回、三浦しをんさん原作の「神去なあなあ日常」を取り上げた点について伺ってよろしいでしょうか。

矢口:僕は、これまでずっとオリジナル企画で映画を作ってきたんですけど、
決して原作ものは嫌だなんてことは言っておりません。
いろんな人に「小説とかマンガとか、面白いものがあったら紹介してください」と言ってまわっていたし、
自分でもいろいろと読んできていたのですが、なかなかこれだというものに巡り会えませんでした。

で、2010年のことでした。ある日、知り合いのプロデューサーであるジャンゴフィルムの椋樹弘尚さんという人から
「矢口くん、ちょっと読んでもらいたい原作があるんだけどなあ。原作ものとかやる?」
って聞かれたから「面白かったらぜひやりたいです」って言いまして、翌日お会いしたんです。
それで手渡されたのが「神去なあなあ日常」でした。

それ以前にも、新聞広告とかでタイトルだけは目にしたことがあったので
「あ、なんか聞いたことある」って思ったんですね。ちょうど帯のコメントを宮崎駿さんが書いておりまして。
「この本は映画になるぞ。映画化するなら実写だろうか、アニメだろうか。でもやっぱり実写だろうか。」みたいなコメントがあったんですね。
その文章は広告にも使われていて僕は覚えていたんです。

矢口:で、原作小説を渡していただいて、読んで、すぐに「これ非常に面白いと思います。もし僕だったら、面白く作れるような気がします」という返事をしました。
ただ、そのとき、僕は『ロボジー』という映画の準備にすでに入っている段階でした。だから「『ロボジー』が終わるまで、なにも作業ができないんですけど、それまで待ってください」ってお願いして、結構な時間を待ってもらってたんですね。

その待ってもらっているあいだ、ひそかに暗躍していたのが、いま、隣にいらっしゃる深津さんなんです。僕が『ロボジー』をつくっているあいだ、深津さんが何をしていたかを聞いてもらいたいな。プロデューサーってこういう仕事するんだっていうことを。

深津:ありがとうございます。振っていただいて。…そうですね。
当初、矢口監督からは「やるかやらないかわからない」とも言われていましてですね。
ともあれ、ひとりで三重に行って、県の方に無理を言って「緑の雇用」の研修に隠密で潜り込ませていただき、
若者たちと一緒に木を伐ったりしていました。あの、僕も一応、会社員なんですけどね。

矢口:原作を読んだ方は知ってると思うんですけど。
三浦しをんさんのお祖父さんが林業家の方です。お祖父さんとお祖母さんが三重県の美杉村に住んでいた。
そういうこともあって、「神去なあなあ日常」に登場する神去村のモデルは、その実在する美杉なんですね。
だったら、もう三重に行ってしまおう。いっそ、もうそこの研修に参加してもらおうというわけです。

深津:「緑の雇用」の研修に参加して…。べつに、監督とも連絡を取るわけでもなくて。
もちろん、一緒に参加していた若者たちも事情を知らず。

矢口:そうなんです。ほかの生徒さんたちは、この深津さんを見て「ああ、きっと、なにかワケがあるんだ。どんなつらい目に遭ったのか知らないけど、ともかく都会から流れて来て、三重県で林業家になろうとしてる人なんだ」と、そう見えていたんでしょう。

深津:そうなんでしょうね。「たまにカメラいじってるな」ぐらいにしか思われてなかったと思いますけど。
2010年は、何度も三重に通っていましたけど、その1年はほとんどそれで過ぎてしまいましたね。

—–研修を受けられたということなんですけども。研修の際に、三浦さんとの接点はありましたか?

深津:三浦さんとの接点と言うより、三浦さんのところに入っていたブラジルのかたがいましたよね。
いま、どうされているんですか?

三浦:彼は、家族で来られていたんですけどね。結局、生活が合わなくて、やめちゃいました。
ちょっとお金の使い方とか、感覚がちがっていたようで。
「お前、大丈夫か?」って聞くと、「ダイジョブ、ダイジョブ」とか言って。
「ナントカナルヨ」って言ってたんですけど、最終的に、なんともならなかった。

深津:それ、ある意味、本物の「なあなあ」ですね。

撮影を通して、変わった林業に対するイメージ

—–矢口監督も、これまで、いろいろな映画を撮られて、いろいろな人物を描かれていると思いますが、働いていること、生きること、いろんな方を描かれています。監督はどのように生きる姿を描こうとされていますか。

矢口:気をつけているのは、映画を観た人が憧れるような立派な人物にするまい。っていうことです。
こんな生き方が立派ですよ。ってやってしまうと、それが正しいみたいに見えます。ですけど、生き方なんて人それぞれですし、なにが幸せかなんてもうバラバラです。
ですので、今回の映画も、決して主人公の勇気くんみたいに生きなくたっていいんですよ。

あいつは3回脱走を試みたけど、ことごとく失敗したから結果的に村にいることになったんです。
勇気くんも、何回目かの脱走が成功していれば、都会に戻ってコンビニのバイトかなんかしながら、
実家でゴロゴロしていたかもしれません。

僕は映画を作っていくうえで「決してこれが最高の生き方ではない。こういう生き方もあるかもね」ぐらいの軽い感じでやっていきたいなと思って作っています。これまで作った映画で描いたひとたちは学生だったり、社会人だったりします。今回の『WOOD JOB!(ウッジョブ)』みたいに学生の時代を終えて社会に出たばかりの人たちだったりしますけど、
すべてに共通しているのは、お隣に普通に住んでいてもおかしくない人たちだということです。決してスーパーヒーローではありません。そんな人たちに、意外な一面があったりするんです。
なので、この映画を観ているあなたと、この登場人物たちは、そうそう変わらないんです。
みたいな、等身大の人物を描きたいと、常に思っています。

むしろ、「等身大」よりちょっと下ぐらい。決して立派な生き方なんかしてないけど、でも人間みんなそうですよね。
「これでも生きていけるんですよ」みたいに描けたらなと思っています。

—–矢口監督が、『WOOD JOB!(ウッジョブ)』の登場人物に自分を投影したら、一番近いのって誰になりますか?

矢口:勇気くんです。

—–主人公の勇気くんですね。すこし意外な感じがしたんですけど。

矢口:勇気くんが村に入って、いちばん最初にヨキの家から脱走したところまでが僕に近いですね。
いま、この場で白状しますと、今回の映画のシナリオを書くために、三重県の美杉町の方に、行ったり来たりでしたけど9ヶ月間くらい通いました。撮影は2ヶ月居たので、都合1年近く、村にいたわけです。

台本書いてる時とか、現場中に、もしかしたら自分の中に勇気くんみたいな変化があるのかなあって想像はしてたんです。
それこそ1年も村に居て、村の人たちと仲良くなって。次第に、あの都会の家に帰りたくなくなったりとか、クランプアップした時に「この村を離れたくない」と思ったりするだろうか。家に帰った時に都会の喧噪にくらくらしたり、「ああ、もう村に戻りたい」って思うかな、勇気くんと同じ気持ちになるだろうかって想像してたんですけど。
…なりませんでした。

もうね。クランクアップが待ち遠しくて。早く家に帰りたいと思いました。
で、東京の家に帰ったら、あっというまにその生活に戻りましてね。「早く村に戻らなくちゃ」ということもなかったんです。
つまるところ、僕は、映画のなかに登場するスローライフ研究会のメンバーだったということに気がついたんですね。
主人公に「もう帰ってくれ」って言われる側の。
だから、この映画を観たひとたちのなかで、農村だったり山村だったり、地方の村での暮らしを「いいな」と思った人もいると思うんですけど、 体験で一度、村に入ったとして、自分に向いてなかったら町に戻ってくるのは決して恥ずかしいことじゃないと思います。
僕だってそうだったんですから。

だからそこで無理してね、自分の気持ちを偽って「いや、でも1回行ったんだから居続けよう」とかね、そんなことしたら逆に村に住んでいる人達に失礼な気がします。
山に入って仕事をするなり、都会を離れて村に入るなりっていうのも、覚悟は要りますけど。その土地の人達との交流もちゃんと結ばないと成立しないというのはちゃんと考えてやって欲しいなとは思います。
決して楽園やオアシスではありません。
ちゃんとそこに、その土地に長く住む人がいるわけですから。レジャーだけの場所だとは思わないでください。
と、いうことを、映画のなかでもちゃんと伝えたいなと思います。

自分の映画を観てるお客さんを見に行きたい

—–そういう美杉という町に住んで、生活して仕事をしておられる三浦さんに、エピソードをお伺いできたらと思います。
美杉で働いているということついて、どうですか。

三浦:いま、矢口監督は、レジャーの場所だとか、そういう軽い気持ちではとおっしゃいましたけど。どうもね。うちの家内に関しては「ここはリゾートや」と言う人でして。僕についてきたというような感じでした。

でもまあ、いろいろつらいこととか、帰りたいと思うことがあってもね。実際には、帰りたくても帰れないんですよ、車がないと。そういうこともあって、うちの家内もそのまま生活して。いまでは僕以上に地元の人たちと交流できてますし、住めば都なんかなあということも思いますね。

実は私はUターンで林業になったものです。28の時には大企業と言うかそういうところの人事課におったんですけども、親が帰って来いというので、跡を継いだんですね。
10年ぐらい前に親父が「代わってくれ」ということで世代交代しました。借金を残してね。それから僕は、独自の林業をやっていかないかんと思いまして。

そこからは、成り行きですね。そうしないと生活できないということで。間伐を主体にしています。

その材料に付加価値をつけたやり方を仲間と共に提案したりして、現在こうして生活できてるんで、それはそれで良かったんかなあと思ってます。もちろん、林業というのは、難しいとか大変だとかいうこともあるし、昔の人に敬意を払ってやらないかんというのもあるとは思いますけども。

これからの林業というのは、もうちょっとフランクな考え方でいいんじゃないかなと思います。まずはちょっとやってみて、合わなかったらね。もうそれはそれでいいと思うんですけど。ちょっとでも楽しめるとか、やり甲斐があると思えば、みんな林業家になれると思うんですよ。
山を持ってなくても。そういうような考え方で僕自身もやってきましたんで。やりたい方がいらしたら、ぜひやってみてください。

—–こんどは深津さんにも伺いましょう。1年間の研修をされて、一旦は三重県の林業の生活をされて、都会の生活もされてる。そういったなかで「働くとか生きることについて何か伝えたい」みたいな思いはありますか。

深津:あの、誤解されると困るんですけど、映画のプロデューサーは、林業の映画やるからと言っても、別に林業をやらなくていいんですね。僕がちょっと特殊で。
船の映画を撮ったときに小型船舶の免許を取ったり、ダイビングの映画のときはダイビングの免許を取ったりしてて。

仕事と生活を一致させるなかで、たまたま林業の映画を5年間もやってしまったので、何て言うんでしょう、僕のフィルモグラフィって言ったら大げさですけど、そのなかでも5年間、人生の中の5年間ずっと林業と向き合ってしまったので、このままやってもいいんじゃないかなって思います(笑)。
人生における5年って、結構な長さですよ。三浦さん、こんな僕でも雇ってもらえるものですか。

三浦:十分やっていけると思います。

深津:さきほど、三浦さんがUターンしたっていう話は初耳でしたが、どうでしたか。
それまで企業で働いてて、積んできたキャリアを捨てて、Uターンして実家に戻って山仕事を始めようってした時に、何か悩んだりしました?

三浦:はい。Uターンしました。前は従業員2000人ぐらいの企業の人事課にいまして。人事と、面接官をしたりとか…。
でも実家に戻って山仕事をやろうっていうことについては、もう全然悩まなかった。
仕事は、子どもの頃から山で親父の手伝いしてましたので大丈夫でしたし。なんというか、もうこれしか俺の道はないなと思いましたね。
結局、その会社のほうは、自分には合わなかったんですね。いまの林業は、気苦労も多いですけど、ものすごく楽しいです。

深津:なんかそれ、「なるほど」と思いました。山の仕事って木を相手にしてます。
他でも従業員も居ますから、人間関係大変ですけど。やっぱりどこか大らかな仕事ですよね。

三浦:そうです。映画の題名にもなってます「なあなあ」なところがあって。すごくその辺は大丈夫なんです。

深津:植栽してる木も、それが育っていって、それを伐倒するころには自分は死んでいる。
だからその、木の寿命に対して人間が担当できる時間ってすごく短い。って考えると、すぐわかる成果とか、そう簡単には手に入らないのが林業で、逆にそれが良さと言いますか「なあなあ」でやってくしかない、というところはありますよね。

三浦:そうですね。「なあなあ」ですよ。

—–「生きること、働くこと」というところから派生して、ちょうど「なあなあ」で話がまとまりました。皆さんの仕事に対する姿勢のようなものを伺うことができました。本日は、どうもありがとうございました。

BOY MEEtS WOOD JOB!

woodjob

『ウォーターボーイズ』(01)『スウィングガールズ』(04)『ハッピーフライト』(08)『ロボジー』(12)と数々のヒット作を世に送り出してきた、今、最も次回作が期待される矢口史靖監督最新作!!

これまでユニークなテーマに目をつけ、日本中に笑いと感動を届けてきた矢口監督が次に選んだのは、なんと“林業”! 原作は、三浦しをんのベストセラー小説「神去なあなあ日常」(徳間書店刊)。都会育ちの少年がひょんなことから、ケータイも圏外でコンビニもない、“森”で働くことになり…。まったくの未知なる世界に飛び込んでしまった、一人の若者の成長を軸に繰り広げられる爆笑と感動の物語。

スクリューボールな展開に笑い、ダイナミックなクライマックスに手に汗握り、人間と自然がおりなす温かなエンディングに胸がアツくなる!!矢口ワールド全開! 現代の閉塞感をぶっ飛ばし、“なあなあ”と生きていく勇気がふつふつと湧いてくる!!100年愛されるエンタテインメント超大作が誕生します!!!

WOOD JOB!公式サイト

KINO

KINO -TOKYO TREE PRODUCTSは、株式会社budoriが立ち上げた、東京の木を使ったプロダクトブランドです。

使用する「東京の木=多摩産材」とは、高度成長期に東京のやまに植林された針葉樹。東京の山には需要が低下し、伐られずやまに放置されている木がたくさんあります。

KINO は、そんな東京のやまの木を使って製品をつくることで山の循環へ貢献しています。
昔の人の思いを知り、それを現代のくらしに生かすものづくり。

KINO PRODUCTS

イベントの様子は林業女子のサイトからもご覧いただけます

↓くわしくはこちら
試写イベント「WOOD JOB!でGOOD JOBみつけよう」 矢口監督トークセッション

林業女子

「林業女子会@東京」は、女性ならではの目線で森林・林業・木材業界の情報発信や各種イベント(森林整備・現場視察・林業体験提供等)を通し、林業への関心と思いを向ける輪を広げています。
木材利用や森林活用、林業振興に向けて、メンバー各自の「好き」「楽しい」という思いを大切に温める場、共有する場を作りながら企画を実行しています。

林業女子会@東京ブログ http://naedocodoco.blogspot.jp

KINOは映画「WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜」を応援します!

HOME > WOODJOB×KINO 矢口史靖監督 単独インタビュー > 【WOOD JOB!×KINO 第二弾】矢口史靖監督×林業従事者 特別試写会レポート

このページの先頭へ